元気玉に込められた想いとともに
子どもたちに寄り添う石巻へ

特定非営利活動法人 TEDIC

東日本大震災をきっかけに、宮城県石巻市で子どもたちの『居場所づくり』に奔走する団体「TEDIC」。自治体との協働による総合相談センターとしても機能しており、今では地域になくてはならない存在になっています。子どもたち・若者のためのより良い支援のために始まった寄付は、どのように「TEDIC」の変革に役立ったのでしょうか。団体を立ち上げた門馬優さんに、その想いを取材しました。

(代表の門馬優さん)

大学4年生の春、故郷が流された

東日本大震災が発生した2011年3月11日。当時門馬さんは東京で暮らす大学4年生で、大学院への進学を控えていたという。「僕の生まれは石巻なので、震災が起きて愕然としました。母方の実家が石巻市で、父方は名取市。正月やお盆も石巻に来ていましたし、僕の故郷でした。思い入れがある場所が全て流されてしまって、なにかしなきゃと、2011年3月下旬に現地入りしました」。

(現在の「TEDIC」は、石巻市役所近くの立地が良いところに位置する)

門馬さんは多くの避難所を回ってボランティア活動を行っていた。「とにかく育った町が無くなったショックが大きかったです。石巻は漁師町なので、親分肌で気性の荒い人が多いのですが、そんな大人が弱っている姿が強烈でした」。

子どもたちの声を聞き、自分ができることを見つける

そんな中、ある避難所で子どもが「お兄ちゃん遊んで!」と門馬さんのもとにやってきた。鬼ごっこやかくれんぼをしているうちに、自身が抱えていたやり場のない気持ちが、子どもと一緒に遊ぶことで救われたような感覚に陥った。「自分が子どもたちにできることはないか」という想いに突き動かされ、子どもたちに困っていることがないか聞いて回った。勉強や受験に対する悩みを聞き、「一緒に勉強したり話を聞いたりする大人が必要なのでは…」という考えを持ち始めながらも、5月の始めに東京へ戻った。

(大学院在学中に立ち上げた「TEDIC」)

「東京に戻ると、ギャップがすごかったんです。ネオンがこうこうとしていて、シャワーも浴びられるし、ご飯も食べられる。石巻より生活は圧倒的に楽でした。でも、故郷を流された喪失感は、東京では誰にも共有出来なくて…。避難所で感じた想いをどうにか形にしたいという気持ちもあり、同級生に声をかけて団体を立ち上げました。幸いにも僕の大学院には、教員志望の学生が多かったので、あっという間に17人くらいの仲間が集まってくれたんです。それで、『TEDIC』を立ち上げたのが5月12日。すぐに先遣隊を石巻に連れていって活動を始めました」。

初めての生徒 「うちの子が元気になった」

TEDIC最初の生徒は、兄妹を震災で亡くした女の子。毎日避難所の壁にもたれてぼーっと座っていた。お母さんに「うちの子をなんとかしてください」と泣きながらお願いされ、学習支援が始まった。「いつものノリで、筆箱の裏に貼ってあるプリクラについて、『ともだち?』って聞こうとしたんです。『と…』って言いかけたところで、もしかしたら友達に不幸があったのかもと思いました。『と…りあえず数学やろっか』って、とっさに言い直したのを今でも覚えています」。

会話はほとんどないまま勉強を続けて3カ月。ある日女の子が初めて門馬さんに発した言葉は「なんでいつも青い服着ているの?」。門馬さんが「覚えてもらいやすいからだよ」と言うと、「汚いですね」と答え、初めての会話が成り立った。門馬さんは「ドラえもん」と呼ばれるようになり、女の子も次第に笑顔を取り戻していった。

(悩みを抱える子どもたちのサポートを行う)

その後、女の子のお母さんからもらった手紙には「大好きな家族、友を震災で亡くし手付かずだった娘が、笑顔を見せてくれるようになりました。ありがとうございます。」と書かれていた。さらにお母さんが「うちの娘が元気になった」と周囲に話し始めたことから、子どもたちがだんだんと集まってくるようになった。そんな子どもたちも、勉強をしたり、遊んだりしている間になんだか元気になっていく。だんだんとTEDICの活動が、口コミで広まっていった。

学校で荒れる生徒と腕相撲

こうして活動を広げるTEDICのうわさを聞きつけた関係機関から「サポートして欲しい」と連絡がきた。中学校で暴れて手がつけられない生徒がいるとのこと。その彼が、門馬さんがその後も活動を続けてゆくきっかけとなる。

「初対面で急に『腕相撲やろうや』って挑んできたんです。きっと倒せると思ったんでしょうね。実は僕、柔道を3歳からやっていて、一瞬で倒しちゃったんです(笑)。次から次へと挑んできたんですが、結果は同じで、その日は腕相撲をして終わりました。その日を境に『優くん』って名前で呼んでくれるようになって。実力主義なんですよね(笑)」。

(“荒れていた生徒”たちも、次第に門馬さんと勉強するように)

ただ腕相撲をするだけでなく、いつしか一緒に勉強を始めた。次第に彼らの仲間が10人くらい集まってくるようになり、仲間同士でよくけんかをしていたのが、だんだん『連立方程式の解き方』で言い合うようになり、彼らが変わっていく様子がはっきりとわかった。

「彼らは被災が原因で荒れていたわけじゃないんです。ただ単純に真っすぐに関わってくれる大人に出会えてなかった。勉強したり遊んだり、話したり、一緒に過ごすだけで彼らが救われるなら、僕たちの活動は意味があるのかなって、そう思い始めました」。大学院の卒業を控え、就職について悩んでいた門馬さんは、夢であった教師の夢から方向転換し、TEDICを続けていくことを決意した。

石巻に子どもたちが安心できる居場所を

現在、TEDICは、昼間は自主事業としてフリースクール(不登校の子どもを支援する施設)を運営し、夜は石巻市からの委託で、市内5カ所でこどもたちと夕食をともにしたり、勉強したり、話をしたりする『夜の居場所づくり』を行っている。県からの委託事業として、0〜39歳までの子ども・若者・その家族からの相談内容を受けて集約し、案件ごとの状況に応じて、支援機関や病院など適切な場所を紹介する相談センターとしての役割も担う。しかし、深刻な内容になればなるほど、紹介するだけにはいかなくなる。

「例えば、子どもから『お母さんが精神的にまいっていて、自分は学校にいけていない。お金もないし、親戚の中で金銭トラブルがあって…』とつらつらと語られた後に、『じゃあ、この病院と、この弁護士に相談してください』では、なにも解決しません。全体に対しての解決策が必要で、空中分解しないようにコーディネートしていく必要があります。このように子どもたちや各家庭それぞれの状況に寄り添いながらサポートすることを『個別伴走支援』と呼んでいます。僕たちTEDICは、県の指定支援機関となっており、学校や児童相談所等の関係機関と連携して解決に動きます」。

(子どもたちが描いた絵画コーナー)

現在TEDICでは、支援事業に加えて子どもたちの世界を広げる支援も行っている。「限られた人間関係のなかで暮らしている彼らに、いろんな大人との接点を作ってあげたいと思っているんです。余暇支援という仕組みを作っていて、例えば、春には大学生と一緒にキャンプに行って、農家の方から話を聞いたり、実際に釜でご飯を炊いてみるという体験をしたりしました。いろいろな大人や機会に触れて、視野が広がる機会になったらいいなぁと思っています。大人側も、直接虐待についてのサポートはできなくても、例えばデザイナーだったら、子どもにデザインの話をすることでその子の視野を広げられるし、これからの人生をよりよくする手伝いをすることができると思うんです」。

元気玉のような寄付 込められた想いを想像して

TEDICがYahoo!ネット募金に登録をしたのは2016年。当時の事務所は手狭で、増えつづける支援ニーズに対応するために、フリースクールと個別相談の時間を分けたり、スタッフの業務スペースを削ったりという苦労をしながらの運営だった。「子どももスタッフもより過ごしやすい場所にしたい」と考えていたときに、Yahoo!ネット募金を周りから勧められて導入。じわじわと多くの寄付が集まって移転のめどがたち、より大きな拠点を借りることによって、さらに多くの子どもたちのスムーズな支援を実現できるようになった。現在は、フリースクールの運営費や日々子どもたちをサポートするために、寄付を活用している。「不登校になったときに、選べる選択肢が適応指導教室しかない。居場所の選択肢が少なく、制度の保障もない中で、民間が創るしかないと思ってます」。

(スタッフは20代が中心で、和気あいあいとしている)

門馬さんは自分たちにとっての寄付は『元気玉』のようだと話す。「活動する側も、想いを貫き続けるのは難しい。難しいことがあったとき、一人じゃ突破できないこともあります。でも、一緒に戦ってくれる同志と、寄付というアクションを通じて応援してくれる人が全国にいる。そういう人たちの想いを想像しながら、子どもたちに向き合い続けるのが僕たちの役目なのだと思います。寄付の存在はまさに、僕たちの『元気玉』です」。

子どもたちとの関わりが増える街づくり 団体の垣根を越えて

TEDICが考える、現在の課題は子どもに関わる人が足りないことだ。「例えば、子どもを支援するための専門職が足りていません。短期間でなれるものではないから、じっくり育成していく必要がありますが、目の前でしんどい思いをしている子たちに向き合う数が、非常に多くあります。個別伴走支援であれば、警察や児童相談所と手をとることが多いですし、地域へ頻繁に顔を出すことも重要です。ただ人手が足りないのは僕たちだけじゃないので、団体の垣根を越えて、関わる人を増やすことが必要なんじゃないかなと考えています」。

(笑顔がすてきなスタッフの皆さん)

「専門職だけじゃない、むしろ日常の延長線上で子どもに関わる大人を増やしていくことに、本当の意味があると思っています。ゲストハウスを営んでいる人がシェルターとして受け入れしてくれたり、居酒屋が保護者の拠り所になったり、漁師さんが漁業体験をさせてくれたり。普段は別の仕事をしているけど、少しでも関われる人を増やしていきたいですね」。

寄付で実現できたこと一覧