【論文発表10周年特集】

iPSの10年、そして未来

一人の覚悟が世界を変えた、私たちには何ができるだろう。

ちょうど10年前の2007年11月20日(米国東部時間)、京都大学・山中伸弥教授のグループが
米国科学誌に発表した論文、ヒトiPS細胞(人工多能性幹細胞)開発成功のニュースが
世界を駆け巡りました。2012年には、iPS細胞の一連の研究で、
ノーベル生理学・医学賞を受賞したことは記憶に新しいところです。
その山中教授がインターネット上である呼びかけをしているのをご存じでしょうか。

論文発表から10年を迎えるこの機会、私たちに何ができるか考えてみませんか。


【お知らせ】2018年1月23日
Yahoo!ネット募金では、研究活動上の不正行為に関する報道を受け、
寄付の受付を一時中止し、iPS細胞研究所に経緯を確認していましたが、
同研究所の再発防止策の公表等を踏まえ、Yahoo!ネット募金上における同団体による
寄付受付を再開いたしました。引き続き、みなさまのご支援をつなげる場として
ご活用いただけますようお願い申し上げます。

私(山中教授)は1993年から96年まで米国留学(グラッドストーン研究所)したのですが、その時は研究レベルという点において日本とあまり差は感じていませんでした。

しかし、その後約10年ぶりに上席研究員として再び訪れて驚かされました。建物が大きく変わり、研究室の壁を取り払い、研究者同士が活発に意見を交換する『オープンラボ』が当たり前になっていました。さらに10年前からの同僚がたくさん残っているだけでなく、秘書、施設管理者、論文を校正してくれる研究支援者の方もたくさん残っていて衝撃を受けました。

私が所長を務める京都大学iPS細胞研究所では、iPS細胞の基礎研究、応用研究を進めていますが、約9割が「非正規雇用」の教職員です。さらに労働契約法が改正され、契約が5年を超えた人は無期の労働契約を申し込めるようになりました。

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知ってる? iPS細胞

■基礎知識
ヒトの体はおよそ37兆個の細胞で構成されていますが、元はたった一つの受精卵が増えて、さまざまな細胞に分かれていくことでつくられます。受精卵に近い力、つまり「様々な組織や臓器の細胞に分化する能力」と、「ほぼ無限に増殖する能力」をもつ細胞が「多能性幹細胞」です。
山中教授は、その「多能性幹細胞」を人工的に作製することに世界で初めて成功しました。2006年にはマウスiPS細胞、2007年にはヒトiPS細胞の論文が発表。2006年、世界で初めてiPS細胞の作製に成功したという論文を発表したのが山中教授です。

■名前の由来
山中教授のグループが研究し作り出した、「人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cell)」は頭文字を取り「iPS細胞」と名付けられました。「i」が小文字なのは、当時流行していたiPodと同じように、多くの人に使われるように、という願いが込められています。

使える! iPS細胞

■再生医療に
iPS細胞は、理論的には身体を構成する細胞であれば、胎盤以外ならばどのような細胞にも分化できるとされています。さまざまな細胞に分化させることで、将来的には、病気や事故でダメージを受けた部位を細胞移植によって治療できるようになるとされています。

■創薬に
また、患者さんからいただいた細胞からiPS細胞を作製し、患部の細胞に変化させることによって、様々な病気の原因を探ったり、それらの細胞を使って薬の効き目を調べることができます。また、iPS細胞から心臓や肝臓などの細胞を作製して、開発中の薬などの副作用を検査するために使う、という用途にも使われつつあります。

未来のiPS細胞

■現在
2014年には加齢黄斑変性の患者さんに対して、iPS細胞から作製した細胞を移植する臨床研究が行われました。2017年には、筋肉が骨になっていってしまうという非常にまれな難病について、iPS細胞技術によって効果を確認した治療薬候補の治験がスタートしています。

■これから
iPS細胞研究所では、再生医療にかかるコストを下げていくことで、2030年までに再生医療を普及させることに挑戦しています。また、他の難病の創薬や、それぞれの患者さんによりマッチした投薬(個別化医薬と呼んでいます)ができるよう、iPS細胞を活用していきたいと考えています。また、iPS細胞とゲノム編集等の他の技術を組み合わせることで、さらに新しい生命科学を開拓できる可能性があります。

海外との競争

■研究費
政府、国をあげて先端的な医療・研究を支援する体制・予算が整いつつありますが、まだ海外、とりわけアメリカの研究予算規模と比較すると、約10倍以上の差が開いているのが現状です。

■研究者・スタッフ
アメリカなどでは、長期的な研究資金があることなどから、研究支援スタッフの長期雇用が実現できているため、研究者が研究に打ち込める環境が日本に比べ整っていると言えます。日本でも研究環境を整えていくためには、長期雇用に使える財源として寄付を募るなど、研究機関が長期的に活用できる自主財源を確保する必要があります。

■世界を視野に入れた幹細胞関連の特許数
日本は特許数でもアメリカに大きく差をつけられ、アメリカは日本の約4倍の出願数があります。(PCT出願数/2006~2011年データ:アメリカ2,002、日本514) また、医療分野で広く応用が可能な先端医療分野では、日本国内での特許だけではなく、世界に対して知的財産戦略の強化を図る必要があると言われています。
※参考情報(外部リンク)

難病やケガで苦しむ人々を救いたい。 山中伸弥所長率いる京都大学iPS細胞研究所に安定した研究環境を。 iPS細胞技術を難病・ケガで苦しむ患者さんへ届けるため邁進する研究者・そして研究支援者のために、ご支援のほどよろしくお願いいたします。

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  • 1962/昭和37年

    クローンカエルの誕生(ジョン・ガードン)

    オタマジャクシの腸の細胞から取り出した細胞核を、別のカエルの核を取り除いた卵に移植することでカエルができることを示した。つまり、クローンカエルの誕生である。

  • 1981/昭和56年

    マウスES細胞発表(マーティン・エヴァンス)

    マウスの受精卵から少し発生が進んだ、胚盤胞と呼ばれる段階の細胞を取り出し、人工的に培養できる技術ができた。これをES細胞(胚性幹細胞)と名付けた。このマウスES細胞は、基礎医学研究で広く役立ってきた。

  • 1981/昭和56年

    大阪教育大学教育学部附属高等学校天王寺校舎卒業

    高校在学中、柔道部で練習に励む。同年、神戸大学医学部に入学。当初は柔道を続けたがケガをきっかけにやめる。その後、在学中にラグビーを始める。医学部6年生のころ初めてマラソンに挑戦。

  • 1987/昭和62年

    大阪市立大学医学部整形外科の研修医として勤務

    脊髄損傷やリウマチなど、どんな名医でも治せない病気やケガで苦しむ患者さんとの出会いが研究者人生へのきっかけとなる。

  • 1989/平成1年

    大阪市立大学大学院薬理学専攻博士課程入学

    研究者を目指すキャリアの始まり。初めて行った実験で、想定外の結果が出たことに心底興奮する。その後、3年がかりで想定外の結果が出た原因を探り、論文として循環器の基礎研究分野では名高い『サーキュレーション・リサーチ』誌に投稿。学位論文となり、博士号取得。

  • 1993/平成5年

    大阪市立大学大学院薬理学専攻博士課程修了(医学博士)
    カリフォルニア大学サンフランシスコ校 (UCSF)
    と連携しているグラッドストーン研究所 (Gladstone Institute))
    の博士研究員としてアメリカへ

    この滞在中、研究所の当時の所長ロバート・メーリー先生に「研究者として成功する秘訣はVW(Vision&Work Hard=ビジョンを持って、一生懸命働け)だ」という教えをいただく。

  • 1996/平成8年

    クローン羊ドリー誕生(イアン・ウィルマット)

    哺乳類ではカエルのようにクローン動物を作ることは難しかったが、この年クローン羊ドリーを誕生させることに成功。これにより遺伝子組み換えにより医療用のタンパク質を産出する有用な家畜の生産も研究が進められるようになった。

    ※写真は、2016年にドリー誕生20周年を記念したイベントで講演を行った山中教授

  • 1996/平成8年

    米国より帰国、大阪市立大学医学部助手(薬理学教室)

    マウス3匹とともに帰国。その後、マウスは半年で200匹に増え、その世話に忙殺される日々。研究に没頭できたアメリカとの研究環境の違いに苦しむ。やがて、PAD(アメリカ後うつ病)とも言うべき状態に。

  • 1998/平成10年

    ヒトES細胞発表(ジェームズ・トムソン)

    受精卵を利用してヒトのES細胞が作られた。作製に受精卵を使うことから倫理的な議論があるが、医学への利用は大きく期待されており、諸外国では実用化に向けた動きも盛んになっている。

  • 1998/平成10年

    ヒトES細胞論文発表から可能性を見出す

    ヒトES細胞論文の発表を受けて、自分の行っているマウスES細胞研究がヒトの医療に活かせる可能性を感じ、PAD克服の一歩となる。

  • 1999/平成11年

    奈良先端科学技術大学院大学遺伝子教育研究センター助教授就任

    30歳代という早い段階で、研究者として独り立ち。PADを克服。その後、iPS細胞論文の執筆者ともなる高橋和利さんが山中研究室に所属。

  • 2003/平成15年

    ヒトゲノム解読の完了

    1990年にアメリカで開始されたヒトゲノム解読プロジェクトが2000年に暫定版として解読完了。精度を高めた完成版が2003年に公開された。

  • 2003/平成15年

    マウスES細胞研究に光明

    マウスES細胞の多能性(さまざまな組織や臓器の細胞に分化する能力)維持にとって、特に大切な遺伝子を多くの候補の中から24個にまで絞り込む。

  • 2004/平成16年

    京都大学再生医科学研究所教授(再生誘導研究分野)就任

    当時、ヒトES細胞の樹立に成功していた日本で唯一の研究所、京都大学再生医科学研究所へ「24個の遺伝子」を携えて移籍。

  • 2006/平成18年

    マウスiPS細胞発表(山中伸弥)

    マウスの皮膚の細胞からES細胞のような性質の細胞を作ることに成功、iPS細胞(人工多能性幹細胞)と名付けられた。分化した体細胞を初期化するという生物学の常識をくつがえした発表は、多くの研究者に衝撃を与えた。

  • 2006/平成18年

    マウスiPS細胞の論文を発表

    論文は『セル』に掲載。このマウスiPS細胞発表に続いて、ヒトiPS細胞の開発競争がはじまる。

  • 2007/平成19年

    ヒトiPS細胞発表(山中伸弥、ジェームズ・トムソン)

    山中教授らのグループと、アメリカのトムソン教授らのグループがそれぞれ別の方法でヒトiPS細胞の作製成功の論文を、別々の科学雑誌に同じ日に発表した。

  • 2007/平成19年

    ヒトiPS細胞の論文を発表

    出張先のアメリカから帰る飛行機の中で、ヒトiPS細胞論文を一気に書き上げ、生物系の学術誌『セル』に投稿。

  • 2008/平成20年

    iPS細胞研究センター設立

    京都大学の物質ー細胞統合システム拠点の中にiPS細胞研究センター(Center for iPS Cell Research and Application)が設置された。当初は専用の建物はなく、さまざまな場所にある研究室からなる組織だった。

  • 2009/平成21年

    iPS細胞研究基金を設置。

    グラッドストーン研究所にならい、日本でも寄付を募る体制をつくりはじめる。

  • 2010/平成22年

    iPS細胞研究所開所

    京都大学の病院西構内の一角に研究棟が完成し、iPS細胞研究所が開所。所長は山中伸弥教授が就任し、研究員・研究支援スタッフ合わせて約120名でスタートした。

  • 2010/平成22年

    4月 京都大学iPS細胞研究所所長 就任

  • 2011/平成23年

    10月 大阪マラソン出場、20年ぶりにフルマラソン完走

  • 2012/平成24年

    3月 京都マラソン出場 iPS細胞研究基金の認知度向上のため、初のクラウドファンディングに挑戦
    12月 ノーベル生理学・医学賞の授賞式

  • 2014/平成26年

    世界初のiPS細胞由来細胞を使った手術の実施(理化学研究所、先端医療振興財団)

    理化学研究所の高橋政代博士らのチームが中心となり、加齢黄斑変性という目の病気の患者に、iPS細胞から作製した網膜色素上皮細胞の移植手術が行われた。翌年、経過が順調であることが報告された。

  • 2015/平成27年

    再生医療用iPS細胞ストック初出荷

    あらかじめiPS細胞の作製や品質評価等の工程を経たものを備蓄しておくことで、再生医療にかかるコストや時間を短縮できると見込まれている。

  • 2016/平成28年

    10月 大阪マラソン出場

  • 2017/平成29年

    iPS細胞技術によって効果を確認したFOP(進行性骨化性線維異形成症)の進行を抑える薬の治験が開始

  • 2017/平成29年

    2月 京都マラソン出場、自己ベスト3時間27分で完走!
    9月 サンフランシスコマラソン出場

  • 2030

    再生医療が普及

    iPS細胞による個別化医薬、新たな生命科学の開拓などが実現。iPS細胞研究所が日本最高レベルの研究環境になっている。(CiRA 2030年までの目標より)

  • 2030

    iPS細胞技術を患者さんに届けたい。
    また、iPS細胞を使って、自分には思いつかないような新しい研究が生まれてほしい。